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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)916号 判決

原告

新谷涼治

被告

角嶋澄人

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一四六万八一五九円及びこれに対する昭和六二年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金二六四万五一五九円及びこれに対する昭和六二年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下、「本件事故」という)の発生

(一) 日時 昭和六二年一一月二九日午後五時二〇分頃

(二) 場所 広島市東区牛田本町六丁目二番一四号牛田JR宿舎先路上

(三) 加害車両 被告角嶋澄人(以下、「被告角嶋」という)運転の普通乗用自動車(広島五五か八三二〇)

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(広島五五か七八〇五)

被害者 原告

(五) 態様 被告角嶋運転の加害車両が本件事故現場を進行中、横断歩道の手前で自転車の通過を待つため停止していた被害車両に追突した。

2  責任原因

(一) 被告角嶋

被告角嶋には、前方を注視し、進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告運転の被害車両の動静に注意せず、漫然と進行した過失がある(民法七〇九条)。

(二) 被告広島近鉄タクシー株式会社(以下、「被告会社」という)

被告会社は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していた(自賠法三条)。

3  受傷、治療経過

(一) 受傷

原告は、本件事故により、頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を受けた。

(二) 治療経過

昭和六二年一一月三〇日から昭和六三年四月二日まで

尾鍋外科病院入院(一二五日間)

昭和六三年四月三日から

同病院通院中

4  損害

(一) 入院雑費 一二万五〇〇〇円

入院中の雑費として一日当たり一〇〇〇円が相当であるから、入院日数一二五日間の合計額は一二万五〇〇〇円となる。

(二) 休業損害 一六二万四一三五円

原告は、本件事故当時、株式会社中央タクシーにタクシー運転手として勤務し、一日平均八〇五三円の収入を得ていたところ、本件事故による受傷のため、昭和六二年一一月三〇日から昭和六三年五月一六日までの一六九日間の休業を余儀なくされ、又夏季賞与についても二六万三一七八円の減額を受けたから、休業損害は、次の計算のとおり、合計一六二万四一三五円となる。

8,053×169=1,360,957

1,360,957+263,178=1,624,135

(三) 慰謝料 一六〇万円

(以上合計 三三四万九一三五円)

5  損害の填補 九四万三九七六円

原告は、被告会社から九四万三九七六円の支払を受けた。(三三四万九一三五円から九四万三九七六円を差し引くと二四〇万五一五九円となる)

6  弁護士費用 二四万円

7  よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故による損害額合計二六四万五一五九円及びこれに対する不法行為後の昭和六二年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)  同3の事実は知らない。

(二)  本件事故は軽微な事故であり、本件事故により原告に入院治療を要するような傷害が生じたとは考えられず、一か月ないし二か月程度の通院治療で治癒しうるものである。仮に、入院治療が必要であつたとしても、二週間程度で足りるものと考えられ、原告主張にかかる治療期間中、入院二週間、通院一か月ないし二か月を超える部分については、本件事故との間に相当因果関係がない。

なお、原告の受傷による治療期間がかなり長期にわたつた原因として、原告の職場復帰に対する不安や賠償についての思いといつた心因的要因が考えられ、又、原告が治療を受けた尾鍋外科病院の漫然とした治療姿勢にもその一因があるものと思われる。

3  同4は争う。

4  同5の事実は認める。

5  同6は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故状況の詳細

請求原因1の事実に、原本の存在及び成立に争いがない乙第一号証の一ないし三、第一号証の五、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第八号証、被写体・撮影者・撮影年月日につき争いがない乙第九号証の一、二並びに原告及び被告角嶋(一部)各本人尋問の結果によれば、本件事故状況として、以下の事実を認めることができ、この認定に反する被告角嶋本人の供述部分を採用することはできない。

1  被告角嶋は、加害車両を運転して本件事故現場交差点で一旦停止後発進し、時速約二五ないし三〇キロメートルで右折進行中、折から横断歩道の手前で自動車の通過を待つため停止していた原告運転の被害車両に気づくのが遅れ、前方約六・六メートルの地点に接近して初めて被害車両を発見し、急ブレーキをかけたが間にあわず、加害車両の右前部を被害車両の左後部に追突させ、被害車両は、右追突による衝撃により前方に約二・九メートル押し出された。

なお、被告角嶋が被害車両を発見後追突するまでに加害車両の進行した距離は、約四・七五メートルであつた。

2  原告は、本件事故時シートベルトを着用していた。

3  車両の破損状況については、加害車両がフロント・バンパーの凹損、右フロント・フエンダーのひずみ、右ヘツド・ランプ、ウインカー・レンズの破損等であり、被害車両がリア・バンパーの凹損、リンホースメント、左テール・ランプの破損、リア・パネル、左リア・フエンダーの曲損等であつた。

被害車両の車体全体としては外見上大きな変形は認められず、修理に要した費用は六万九〇〇〇円(内交換部品代三万七三〇〇円)であつた。

三  原告の受傷及び本件事故との因果関係

1  成立に争いがない乙第三号証、第四号証の一ないし八、原告の存在及び成立に争いがない甲第三ないし第一四号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第一〇号証の一並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件事故当日の昭和六二年一一月二九日、頸部痛、頭痛、吐き気を訴えて岡本病院で受診し、頸椎捻挫と診断され、湿布固定と投薬の措置を受けた。

(二)  原告は、翌三〇日、前記症状に加えて腰部痛を訴え、尾鍋外科病院に転医して受診したが、頸部挫傷、腰部挫傷と診断され、同日から昭和六三年四月二日まで入院し(一二五日間)、更に同月三日から同年九月一〇日まで通院して治療を受けた(通院実日数一二九日間)。

なお、尾鍋外科病院において、頸椎(六枚)及び腰椎(四枚)のレントゲン撮影検査が行われたが、神経学的検査が行われた形跡はない。

(三)  尾鍋外科病院に入院中における原告の主たる愁訴は、頸部痛、頭痛、腰痛及び下肢のしびれであるが、頭痛が頑固に継続しているのに対し、頸部痛及び腰痛については、症状の消失している期間がみられ、下肢のしびれについても、看護記録上の記載は散発的である。

入院中における治療としては、患部の湿布療法、ヴエノピリン(解熱・鎮痛消炎剤)の注射、ベントイル(鎮痛消炎剤)・デパス(抗うつの精神安定剤)・ミグリスチン(頭痛に対する鎮痛剤)の投薬等の薬物療法、消炎鎮痛を目的とする理学療法(温熱療法)が行われ、いわゆる急性期を過ぎた昭和六三年一月一五日から介達牽引が開始されたが、右治療は、原告が退院する同年四月一日まで継続されている。

なお、意見書(前掲乙第一〇号証の一)を作成した天羽正志医師は、右意見書において、抗うつの精神安定剤であるデパスが治療当初から長期にわたつて投与されていることから、原告の症状が長期化した要因として心因性の関与が示唆される旨指摘している。

(四)  尾鍋外科病院を退院後も、和らいだものの前記症状が残存し、理学療法及び介達牽引による治療が昭和六三年九月一〇日まで続けられ、その間、薬物療法として、カシロン(鎮痛消炎剤)の注射が毎回行われている。

(五)  尾鍋外科病院におけるレントゲン撮影検査(頸椎及び腰椎)によれば、原告の第四から第五頸椎にかけてずれがあり、第五、第六頸椎及び腰椎全体に軽度の骨棘形成がみられるが、いずれも経年性変化であつて、他に異常所見は認められない。

2  以上1の事実に前記二に認定の事故状況を併せ考慮すると、原告の頸椎捻挫(頸部挫傷)、腰部挫傷及びその症状と本件事故との間には相当因果関係を認めるのが相当である。

3  もつとも、工学士大慈彌雅弘作成名義の鑑定書(乙第二号証)によれば、加害車両及び被害車両の変形・破損状況、修理状況から加害車両の対固定壁換算速度を時速四キロメートルと推定し、加害車両の総重量(車重と乗員の体重六〇キログラム)を一一三〇キログラム、被害車両のそれを一一四〇キログラムとして、衝突時の速度を時速約八・〇四キロメートルと算出し、右を前提に被害車両に生じた衝突加速度が約一・一三Gであるとしたうえ、本件事故により原告の頸部や腰部への傷害が発生することは考えられない旨帰結していることが認められる。

しかしながら、被告角嶋が時速約二五ないし三〇キロメートルで走行していたこと及び被告角嶋が被害車両を発見後追突するまでに加害車両の進行した距離は、約四・七五メートルであつたこと前記二に認定のとおりであるところ、いわゆる空走時間を〇・七秒とした場合、加害車両の空走距離は四・八六ないし五・八三メートルとなるから、被害車両に衝突した時の加害車両の速度が時速八・〇四キロメートルをはるかに超過していた可能性を否定できないこと、対固定壁換算速度算出のための実験の場合は、衝突車の力が前部バンパー全体を通して正面から壁面に作用しているのに対し、本件事故の場合は、前記認定の衝突部位からも明らかなとおり、衝突車(加害車両)の右前部のみが被害車両の左後部に衝撃力を与えていること、加えて右のとおり衝撃加速度を算出するについて重要な要素である加害車両、被害車両の損傷の程度から、対固定壁換算速度を時速四キロメートルと推定した過程が十分には示されておらず、推定の根拠が必ずしも明確とはいえないことを考えると、乙第二号証を前記2の認定を覆すに足りる証拠として採用することはできない。

4  更に、前掲乙第一〇号証の一及び成立に争いがない乙第五ないし第七号証によれば、外傷性頸傷等(むちうち症)のうち、強度の自律神経症状や神経根症状を伴わないいわゆる捻挫型損傷の場合、一般に二ないし三か月程度で治癒することが認められるところ、前記1の事実によれば、心因性反応及び経年性変化の競合により、原告の受傷による症状が通常より長期間に及んでいることが推認されるから、右心因的素因及び体質的素因を斟酌して、損害の公平な分担という見地から、相当因果関係のある症状の範囲を通常の治癒期間に制限し、あるいは右各素因による寄与度に応じて損害額を割合的に減額する余地がないではない。

しかしながら、そもそも不法行為の被害者となる者の心身の状況は千差万別であり、加害者としても当然そのことを了知しているものというべきであるから、加害者としては原則として被害者の右状況をそのまま受け入れるべきであつて、右各素因による割合的減額等を考慮するのは、素因の占める要素が極めて高い場合、すなわち、いわゆる賠償神経症のように被害者の精神的・心理的状況が損害の発生・拡大に強く作用している場合や不法行為がなくてもいずれ被害者の体質的素因を主因として損害が発生した蓋然性が高い場合等損害のすべてを加害者に負担させるのが公平の観念に照らし著しく不当と認められるような場合に限られるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定の事実のみをもつてしては、いまだ右減額等を考慮すべき場合に該当するものと認めるに十分ではないし、他に右事情を認めるに足りる証拠もないから、相当因果関係のある症状の範囲を通常の治癒期間に制限し、あるいは右各素因による寄与度に応じて損害額を割合的に減額するのは相当でないものというべきである。

四  損害

1  入院雑費 六万三〇〇〇円

原告が本件事故により昭和六二年一一月三〇日から昭和六三年四月二日まで一二五日間尾鍋外科病院に入院したことは前記のとおりであるところ、前記認定にかかる原告の症状及び治療経過(特に、同年一月一五日から介達牽引が開始されていること)を考慮すると、同月三一日まで六三日間は入院治療の必要性があつたものと認めるのが相当であり、経験則上、原告がその間少なくとも一日当たり一〇〇〇円の割合による合計六万三〇〇〇円の入院雑費を要したものと推認するのが相当である。

2  休業損害 一一九万九一三五円

原本の存在及び成立に争いがない甲第一五ないし第二一号証並びに原告本人の尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時訴外株式会社中央タクシーに乗務員として勤務し、少なくとも一日平均八〇五三円の収入を得ていたこと、本件事故により昭和六二年一一月二九日の事故後から昭和六三年五月一六日まで一七〇日間欠勤したこと(なお、本件事故当日分として六二四四円が原告に一部支給されている)が認められるところ、前記認定にかかる原告の症状及び治療経過を考えると、原告は、本件事故により、事故当日の事故後及び昭和六一年一一月三〇日から昭和六三年一月三一日までの六三日間については一〇〇パーセント、同年二月一日から同年五月一六日までの一〇六日間については五〇パーセントの休業を余儀なくされたものというべきであるから、右休業による原告の損害は、次の計算のとおり、九三万五九五七円となる。

8,053-6,244=1,809

8,053×63=507,339

8,053×106×0.5=426,809

1,809+507,339+426,809=935,957

更に、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第二二号証及び原告本人尋問の結果によれば、右原告の余儀なくされた休業(一一五日間)のため、原告は夏季賞与二六万三一七八円を減額されたことが認められ、右は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

3  慰謝料 一〇〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位・症状、治療経過、原告の年齢等諸般の事情を勘案すれば、本件事故と相当因果関係のある慰謝料としては、一〇〇万円とするのが相当である。

(以上合計二二六万二一三五円)

4  損害の填補

原告が被告会社から九四万三九七六円の支払を受けたことは、原告が自認するところである。

したがつて、原告の残損害額は一三一万八一五九円となる。

5  弁護士費用 一五万円

本件事故と相当因果関係のある損害として原告が被告らに対して損害を求めうる弁護士費用の額は、一五万円をもつて相当と認める。

五  結論

してみると、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自一四六万八一五九円及びこれに対する不法行為後の昭和六二年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤紘二)

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